フェズのメディナの行き方
目次
日帰り難易度★★☆☆☆
フェズはモロッコ北部ある都市で、ムーレイイドリス1世がこの地を中心に建国しようとした王国が元になっています。現在では行政の中心はカサブランカやラバトなど西部が中心ですが、イスラム王朝としての最初の都はこのフェズでした。
カサブランカからは電車で4時間半ほどで、本数も多いのでアクセスに困ることはないでしょう。迷路のような町は坂が多く、目的地にたどり着くだけでも疲れてしまいます。新市街にもたくさんホテルはありますが、モロッコのリヤドに泊まるのもよい経験ではないでしょうか。
フェズのメディナのリスト
「フェズのメディナ」は特定の建物としての記載がほとんどありません。フェズのメディナはフェズ・エル・バリと呼ばれる建国当初の町並みを残す地区と、フェズ・エル・ジェディドと呼ばれる13世紀頃に拡張という形で建設された地区に分かれています。
古い町並みをそのまま残し、近くの別の場所に新市街を造るという発想があったため町が保存されたという点が非常に評価されています。リストという形ではありませんが、それぞれの地区に分けてフェズのメディナの魅力を紹介していこうと思います。
- フェズ・ジェディド /Fez Jedid
- フェズ・エル・バリ /Fez el-bali
1.フェズ・ジェディド
フェズ・ジェディドはイスラム王朝最盛期であった13世紀のマリーン朝時代に建設された比較的時代背景が新しい町です。この地には王宮やユダヤ人街、ブー・ジュルード庭園などがあります。新市街地のせわしなさやメディナの喧噪から離れどこものどかな雰囲気を感じます。
フェズの駅。利用者が多く、朝方は特に通勤客の数がとても多い。
駅前は綺麗に整備されており、広場のようになっている。
駅前には赤色のタクシーがたくさん止まっている。メディナまでは歩くと1時間以上かかる。
フェズの新市街区。新しい建物やホテルはこの周辺に密集している。
王宮
フェズの世界遺産指定地区の南端に位置しています。広大な敷地は高い壁で囲まれており、所々に銃を持った衛兵が配備されています。外から眺めることはできますが、門であってもカメラを構えると注意され、銃を向けられることもあるので注意しましょう。
王宮の入り口にある門。あまり近くに寄ることはできない。
左側が王宮内部に当たる。裏門も厳重に警備されていた。
ユダヤ人街
ヨーロッパ大陸から逃れてきたユダヤ人がこの地に移り住み、町を建設しました。後にイスラエルが建国されたため、ほとんどのユダヤ人が移住してしまいましたが、今では多くの商店が建ち並んでいます。
朝のうちはまだ静かだが、朝食のパンを買う人々の姿が見られた。
独特の建物が今も残っているが、ユダヤ人はほとんど移住してしまっている。
ブー・ジュルドー・庭園
二つの地区のちょうど中間にある大きな庭園です。入場は無料でベンチも多数あり、地元の人たちが交流する公園のようになっていました。とても静かな場所なので、買い物に疲れたときなどに立ち寄るとよいでしょう。
よく手入れされている庭園で、中央には噴水もあり涼しい。
日陰にたくさんのベンチがあり、休憩している観光客の姿も見られた。
2.フェズ・エル・バリ
フェズ・エル・バリ地区はモロッコ最初のイスラム王朝が誕生した地であるため、非常に歴史のある町です。マラケシュと並ぶ一大マーケットとなっています。訪れる観光客も多く、悪質な客引きやガイドもいるので注意しましょう。内部は迷路のように入り組んでおり、また坂が多くとても疲れます。あらかじめ行く場所を決めておくとよいです。有名なタンネリショワラは入り口から離れた奥の方にあります。
食品を扱うスーク。多くの地元民で賑わっている。
フェズの旧市街は坂がとても多く、長く歩くのは大変。
町のへその部分に当たるサファリーン広場。銅製品を売る店が目立つ。
軒先に堂々と座る猫も、モロッコでは見慣れた光景である。
町の玄関口の駐車場でもあるルシーフ広場。中へ車は入れないので、馬や台車に商品を載せて運ぶ。
地元の人がこぞって食べていたヨーグルト。1DH(約12円)と安く、おやつ程度のものなのだろうか。
町を探検するとたくさんの猫に出会う。予言者ムハンマドは猫を大切にしたという。
ブー・ジュルドー門
2つの地区を結び、フェズ・エル・ジャディドの玄関口に当たる門です。この近辺はたくさんの飲食店があるエリアになっています。道案内を行う際の目印になることが多いきれいな青い門です。
旧市街の入り口にそびえる綺麗な門。この門を抜けた先がメディナである。
裏側は緑色になっている。両脇には飲食店が並ぶ。
ブー・イナニア・マドラサ
上記のブー・ジュルドー門を入った通りの一本左の道を直進すると、右手に目立たない入り口があります。ただ、ここは観光客も多く賑わっているので見つけやすいと思います。イスラム王朝であるマリーン朝が全盛期であった際に建てられた学校で、学校とは思えないほど見事な装飾で飾られています。
大きな神学校。中庭を中心に宿舎や祈りの場がある。
祈りの場が広場に面しており、今も実際に使用されている。
生徒が使用したと思われる廊下。通路は基本的に狭い造りになっている。
廊下の上部は中庭が見える設計になっており、採光も工夫されている。
タンネリ・ショワラ
フェズといえばやはりタンネリショワラが有名です。一番大きな通りを行き止まりまでまっすぐ進み、左に曲がって奥までゆくと、モロッコの客引きがたくさん声をかけてくるのでわかると思います。
見学をする際はどこかのお店で屋上に上がらせてもらうのがよいでしょう。見た後は必ず何かを買うか、さもなければ30DH~50DH程度のチップを要求されます。正直店の品物の価格はぼったくりで、フェズの他の場所で買うよりも3倍~5倍くらい高いです。
品物を見るふりをしてこっそりうまく抜けてしまうとよいかと思います。つい最近、場所が移設され新しくなっています。そのため、他のブログや口コミ等でいわれている染料の臭さ、鼻につくにおいは全く感じませんでした。
フェズ名物のタンネリ・ショワラ。新しい場所に移設されているのでにおいはない。
かわなめし場で働く人々。かわなめしは重労働で、その過酷さ故にやめる人が続出するという。
町の中にタンネリ・ショワラのスペースが造られている。水を使うため、近くに川がある。
サヴィア・ムーレイ・イドリス廟
フェズを王都として建国に尽力したムーレイ・イドリス2世のための霊廟で、フェズで最も神聖な場所とされています。最も太い通りの行き止まりから数分歩いて戻ると、左手に細い通路があります。その突き当たりがサヴィア・ムーレイ・イドリス廟なのですが、イスラム教徒以外は入ることができず、ある種の聖地でもあるため、観光地化はされていません。
大きな道の行き止まりから、新しい町並みを少し戻る。
細い通路を進んでいくと、正面に飾られた大きな門と入り口が見えてくる。
入り口から中の様子を見ることができるが、入ることはできない。
ネジャーリン木工芸博物館
イスラム王朝時代に高級宿として運営していた建物をフォンドゥークと呼びます。この博物館はフォンドゥークを改装して再利用しています。当時の高級宿がどのようであったか、人々の暮らしぶりを想像することができます。
ネジャーリン広場に面している。大きな門が目印。
ネジャーリン広場に面している博物館。木工に関する展示物が置かれている。
吹き抜けを作って開放感を演出するのはイスラム様式の特徴である。
屋上からは旧市街の町並みを一望できる。
マリーン朝の墓地
フェズの旧市街中心地から北に歩いて30分ほど丘を登った先にある墓群です。丘の上には崩壊している石のお墓が並んでいるだけですが、丘の上からフェズの旧市街を見下ろすことができます。ツアー等でも組み込まれているらしく、たくさんの車が丘の上まで上ってきていました。
町外れの道路を北に向かって歩いて行く。
左側に小高い斜面がある。細い山道を登っていく。
小さな山道を10分ほど登ると頂上にたどり着く。
頂上には小さなほこらのような物があるのみ。
眼下にフェズの旧市街が広がっている。モスクなど大きな建物は目立つ。
丘の裏側は広大な草原が広がっている。地中海性気候なのか緑が多い。
遠くから見ると、メディナは城壁に囲まれていることがわかる。
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