マウルブロン修道院の構造物群の行き方
目次
日帰り難易度★★★★☆
マウルブロン修道院は中世の1100年代から1500年代にかけて栄えた、ドイツ初のシトー会派の援助を受けた修道院です。
過去にはヘルマンヘッセやケプラーなども在籍し、ヘルマンヘッセの小説”車輪の下”はこの修道院と隣接する神学校が舞台となっています。
ファンタスティック街道沿いの都市、シュトゥットガルドからミュールアッカーへ行き、バスでマウルブロン修道院まで向かいます。バスおよびミュールアッカーまでの電車の本数が少ないので注意が必要です。
ミュールアッカーの行き方
マウルブロン修道院のアクセスの起点となるミュールアッカー駅は、シュトゥットガルド-マンハイム間にある小さな駅です。電車の運行本数が多くないので、あらかじめ時刻表を調べておくと便利です。
シュトゥットガルド-ミュールアッカーは鉄道で約40分、ミュールアッカー-マンハイム間は鉄道で約1時間です。
ミュールアッカー駅からは700番のバスに乗ると約30分ほどでマウルブロン修道院前のバス停に到着します。終点ではないので、運転手にあらかじめマウルブロン修道院に行きたい旨を伝えておくと良いでしょう。
車で15分ほどの距離なのでタクシーを使うのもありです。
マウルブロン修道院には、”マウルブロン ウエスト”という最寄り駅がありますが、電車はほとんど停まらないので注意が必要です。
シュトゥットガルドから40分ほどでミュールアッカー駅に着く。
ミュールアッカーはとても小さな駅。駅前にはバスターミナルがあるので700番バスに乗車する。
ミュールアッカー駅前は発展しておらず、店も少ない印象。
マウルブロン修道院前のバス停。大きな修道院はこの写真で左手側に配置している。
バス停の前には大きな赤茶色の修道院が見える。近くには修道院に繋がる小さな坂道がある。
こちらはマウルブロン ウエスト駅。日曜日はこの駅に止まる電車が少数ながら運行する。
マウルブロン修道院
マウルブロン修道院は中世に繁栄したロマネスク-ゴシック様式の過渡期に当たる修道院です。
修道士は私語が厳禁であり、早朝や深夜にもミサがある、断食の期間があるなど、非常に厳しい修道院としても有名でした。
修道院は大きな壁と水の入った堀で囲まれ外部と遮断されており、修道院の敷地内のぶどう園、薬草園などの菜園を利用して、自給自足の生活を送っていました。
上記の通り非常に戒律が厳しい修道院であり、高い壁と堀によって脱走も困難であったことから、当時の修道士は手紙に忍ばせて物資を得る、野菜にこっそり肉を混ぜて食べる(マウルタッシェンという郷土料理になった)など工夫を凝らしていたそうです。
ヘルマンヘッセの小説”車輪の下”はこの修道院が舞台となっているので、一読してから訪問されることをおすすめします。
中世の建造物だが、保存状態が非常に良い点が大きく評価された。
マウルブロン修道院と外部を繋いでいる、数少ない出入り門。
修道院の前には大きな広場があり、様々な用途の建物が面している。
敷地内にはおしゃれなカフェやお土産屋も充実している。
チケット売り場の博物館にはマウルブロン修道院の全景の模型がある。
広場に植えられているモクレンの木は春に綺麗な花を咲かせる。
ロマネスク構造の特徴でもある、アーチ状の構造が多い。
地下の土台部分は建築当時の物がそのまま残っている。
修道院の中央部には美しい回廊と中庭がある。
観光客はそれほど多くないのでじっくり見学できるのがうれしい。
赤茶色のレンガ積みの模様や白黒のコントラストが美しい。
中庭部分にある泉。マウルブロン修道院は高度な水利システムが用いられていた。
修道士の食堂。修道士は肉体派と頭脳派に分けられ、食事の量も異なっていたという。
ロマネスク様式のアーチ構造とゴシック様式の大きな窓が混在する部屋。
シトー派では過度な装飾は好まれないため、シンプルなデザインの部屋が多い。
大きな礼拝堂。修道士は早朝や深夜を含む1日5回のミサをこなしていた。
修道士達は背もたれに寄りかかれるよう、聖歌隊席に細工をし、ズルをしていたという。
礼拝堂の内陣部分。シトー会派なのでシンプルなデザインとなっている。
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