富岡製糸場と絹産業遺産群 【日本】 行き方と難易度

富岡製糸場と絹産業遺産群の行き方

日帰り難易度★★☆☆☆

富岡製糸場と絹産業遺産群は群馬県にある養蚕に関連した建造物群で、日本の産業の発展を支えた明治初期を代表する遺産です。

構成遺産の代表である富岡製糸場は、フランスから技師ポールブリュナを招聘し、レンガ造りと日本の木造建築を融合した外観が特徴です。

また、生糸生産技術を学ぶため多くの学生が全国からこの地に来訪し、富岡付近では田島弥平旧宅や高山社跡に代表される、多くの養蚕関連施設が設立されました。

また、山の中腹には天然の冷風を利用した蚕の卵の貯蔵庫、荒船風穴があり、こちらも世界遺産に登録されています。

富岡製糸場は上州富岡駅からアクセスすることができますが、高山社跡、田島弥平旧宅、荒船風穴はそれぞれ離れた位置関係にあります。

富岡製糸場の行き方

富岡製糸場はこの世界遺産群の中核をなす遺産で、明治初期の富国強兵・殖産興業を柱とした時代の代表的な建物です。

富岡製糸場は富岡市の市内中心部に位置しています。JR高崎駅から私鉄上信電鉄を利用して最寄り駅である上州富岡駅で下車します。

富岡製糸場へは徒歩15分ほどです。タクシーを利用しても良いですが、町中は平坦な道なのでそれほど大変ではないでしょう。

富岡製糸場には駐車場はありませんが、付近にはたくさんの民間駐車場があります。

富岡製糸場の玄関口。祝日は入場に行列ができることもある。

付近には民間駐車場がたくさんあるが、道が細いので運転には注意したい。

富岡製糸場

富岡製糸場は19世紀後半、鎖国政策からの産業の遅れを取り戻すため、フランス人技師ポール・ブリュナの指導の下建設された産業遺産です。

日本の木造建築と西欧のレンガ造りを会わせた木骨レンガ造りと呼ばれる美しい外観が特徴です。敷地内には繭の保管庫の他、生糸を織る機材が置かれた工場、貯水槽、工女の寮などがあります。

公開されている各施設は自由に見学できますが、30分おきに出発しているガイドツアーに参加して巡ることもできます。

富岡製糸場は関東圏からのアクセスがよく、多くの観光客で賑わう。

オレンジ色のレンガ積みと木の柱のコントラストが美しい。

入口部分の一番目立つ建物は東置繭所。生糸に使う繭を育成した場所である。

2階部分は内部が公開されている。骨組みは木造作りなのが分かる。

隣にある細長い施設が繰糸場。生糸からシルクを作る工場である。

日本風の瓦屋根とレンガの石壁が混在した建築は珍しい。

激動の明治初期に建てられた建物はどこか歴史を感じる。

内部には稼働していた当時の繰糸用機械が並んでいる。

フランス人技師、ポール・ブリュナが滞在していたという館。

製糸に使用する水をためていたタンク。鉄水溜と呼ばれている。

修復中の西置繭場は期間限定で公開されている。

西置繭場の修復現場からは富岡製糸場一帯を一望することができる。

荒船風穴の行き方

荒船風穴は群馬県下仁田市の山の中腹にある穴です。駐車場ともやや距離が離れており、休日に利用できる第一駐車場からはかなり急な坂道となっています。

平日のみ通行可能な第二駐車場からは緩やかな坂道で歩く距離も半分程度となっています。

鉄道の場合、富岡製糸場のある上州富岡駅からさらに終点の下仁田駅まで向かい、タクシーで30分程度でアクセスすることができます。

冬期期間12月~3月は休業となるのでご注意ください。

神津牧場を経由して到着する荒船風穴第一駐車場。ここから歩いて向かう。

行きは下り坂だが、帰りは急な上り坂になっている。

荒船風穴

荒船風穴は山の中腹にある、雪解けの冷たい空気を利用した天然の冷蔵施設です。

冷蔵技術の利用により、当時年に一回とされていた繭の収穫が数倍に跳ね上がり、富岡製糸場の発展にさらに貢献することになりました。

現在も岩の間からは涼しい風が吹き抜け、一帯はひんやりとした空気に包まれています。

山の中腹に、石積みの大きな施設が築かれている。

風穴まではやや山道が続くので歩きやすい靴が良い。

高台から見るとかなり大規模な施設であることが分かる。

3号風穴。岩の間からは冷気がこぼれ出ており、やや寒く感じる。

風穴は深さもあり、大量の繭を保存できる造りになっている。

荒船風穴の最深部にある岩場からは常に涼しい風が吹き出ている。

風穴内の温度を示したパネル。真夏でも一桁台の気温を示している。

高山社跡の行き方

高山社跡は群馬県藤岡市の山間に位置しており、富岡製糸場からはやや距離が離れています。

JR高崎駅から八高線の群馬藤岡駅で下車し、タクシーで向かう(約20分)または循環バス(7:47 10:57 14:52発の1日3本のみ)を利用します。高崎線の新町駅からも高山社跡行きの循環バス(8:30 10:40 11:30 12:50 13:50)が出ているので、どちらかを利用します。

高山社跡前のバス停。公共交通機関は便数が少ない。

駐車場は広く、道も整備されているので車での訪問も良い。

循環バスの本数が非常に少ないためあらかじめ時刻は確認しておきたい。

バス停前の石垣を登った先に高山社跡がある。

長屋門の門構えは木造で古く、歴史を感じる。

高山社跡

高山社跡は清温育と呼ばれる、天然の風と温度管理を合わせた養蚕方法を編み出した高山長五郎の家です。

この場所では実際の養蚕も行われていたほか、技術を伝番する教育機関としての役割も果たしていました。

その後各地で養蚕技術を伝える学校が設立され始めると、高山社跡は廃校となりましたが、現在も母屋など多くの部分が見学可能な状態で残っています。

高山社跡の母屋。全盛期にはたくさんの学生がこの場所で養蚕技術を学んだ。

母屋の一階部分は広い和室となっており、養蚕関連の資料が展示されている。

高山長五郎の発明した養蚕技術はその後日本の製糸技術の発展を支えた。

2階部分の養蚕室は通気性を備え、1階部分の火鉢で加温することもできる造りになっている。

涼風と保温を組み合わせた”清温育”を実現するため通気性に特に工夫が見られる。

建物の裏手部分。最盛期には周囲にたくさんの施設が建っていたとされる。

母屋に隣接する便所。生徒が書いた落書きが残っていたという。

田島弥平旧宅の行き方

田島弥平旧宅は群馬県伊勢崎市にある構成遺産です。所在は群馬県ですが利根川の南側、飛び地のような場所になっており、実際は埼玉県からのアクセスとなります。

公共交通手段がなく、JR高崎線の本庄駅または岡部駅からタクシーで20分前後、東武伊勢崎線境町駅からタクシーで約15分になっています。

田島弥平旧宅前の駐車場。徒歩5分ほどで邸宅に着く。

一般住居であるため、住宅街の一角に所在している。

正面には史跡田島弥平旧宅の石碑が建てられている。

田島弥平旧宅

田島弥平は明治初期、通気性を重視して天然の涼風を取り入れる養蚕技術、清涼育を開発しました。

田島弥平宅の2階部分は通気性を良くする工夫を凝らした養蚕室となっており、清涼育はその後高山長五郎の発明した清温育にとって変わられるまで、広く普及しました。

現在は一般住居として使用されており、通常は内部が公開されていません。

田島弥平旧宅の外観。二階部分は養蚕室として改装されている。

現在は一般住居として使用されているため、内部は見学することができない。

現在、新蚕室と呼ばれる建物は無いが、母屋と繋がる渡り廊下の一部が残っている。

対面にある観光案内所では田島弥平に関する資料やビデオ上映がある。

 

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